ラシーヌの『アタリー』と『エステル』

2006年に岩波文庫で復刊されたので
ラシーヌの『フェードル / アンドロマック』を買い
巻末の「ジャン・ラシーヌ略年譜」に『アタリー』を発見し
フローベールの『ボヴァリー婦人』のオメー
娘の名であるアタリーの由来について改めて考察し始めたが
同じ年の暮れにまとめて購入した筑摩世界文学大系にも
【14】古典劇集に『フェードル』が収録されてた

岩波文庫版の訳者渡辺守章による「解説」は
30ページ以上に及んで読み応えはあっても
残念ながら『アタリー』についての言及はなかった

一方、筑摩世界文学大系の方は
訳者二宮フサによる解説が丸1ページ(※)で
概要は「ジャン・ラシーヌの作品群とその時代背景」と題するべきモノで
『アタリー』についても次のような決定的な事実が記されてた
筑摩世界文学大系の1ページは岩波文庫の3ページ分以上に相当する

とにかくラシーヌは1677年1月の『フェードル』上演を最後に、演劇の世界と絶縁した。彼が後年聖書に取材した宗教悲劇『エステル』、『アタリー』を書いたのは、当時のルイ14世の寵妃マントノン夫人の要請によるもので、2篇とも夫人の設立したサン・シールの女生徒たちによって演じられたのである。

ここへきて重要な見落としに気づいたのは
『アタリー』には必ず付随して『エステル』が絡んでた事実だ

『エステル』も『アタリー』も
聖書のうちでも『旧約聖書』を題材とした戯曲で
ラシーヌが演劇界と絶縁した後(※)
マントノン夫人の要請でサン・シールの女生徒が演じるために書かれた
ラシーヌが『フェードル』以降に書いたのは『エステル』と『アタリー』2作品のみ

改めて『フェードル / アンドロマック』の巻末の
訳者渡辺の「ジャン・ラシーヌ略年譜」で
『エステル』について確認すると次のようにあった

旧約聖書に基づき、ジャン=バチスト・モローが作曲した「合唱入り悲劇」は非常に国王の気に入り、宮廷中の話題となる。

ちょっと待て(-_-;)

『エステル』が素人の女生徒だけによって演じられたのなら
どれほど脚本が優れていようが
お世辞にも大絶賛されるようなモノではなかったはず?!

宝塚のエンターテイメント性を知る現代人の自分にとっては
女生徒だけの芝居は微笑ましくも思える反面
日々の過酷な練習が宝塚の完成度を高めてるとも知ってて
貴族の孤児を寄せ集めただけの学校のクラブ活動が
同じレベルに到達するコトは断じて在り得ぬと思えるのだ。(´д`;)ギャボ

それでも『エステル』が成功を収めて・・・

国王の気に入り、宮廷中の話題となる

なんてのが史実だったとしたら
そこには芝居の出来とは別の要因があってのコトに違いなくね。(゚д゚lll)ギャボ

それを探るためにはまず原典に当たってみようかと・・・p(-_-+)q

『エステル』は『旧約聖書』の目次にも「エステル記」とあるので
このペルシアの話の主人公だとすぐわかるが
「アタリー記」てのは無くて
その名にはまるで覚えが無かったヽ(゚∀。)ノ

自分、『旧約聖書』は小学生の時に読破したので
一応は総てが既読の物語ではあるはずだが
興味深く繰り返し読んでる部分と
意味不明のまま読み進んでほぼスルーで読み終わってる部分があり
アタリーの名が出てくるとしたら
後者の部分なのは間違いが無かった

更に参照すべき重大な記述が(預言とか)含まれてなくて
これまでに読み返したコトの無かった部分で
しかも読み切り的に挿入されてるエピソードと予想でき
「列王紀」(※)の辺りと狙いを定めて探したら
下巻の第8章にアタリヤの名を発見!
自分の持ってる1955年発行の日本聖書協会の旧約聖書ではこの列王紀だけが「紀」の字を使ってて他は「記」

あらすじを簡単に述べると
異教の神バアルを信仰したために滅びた民族の話で
王アハジヤの母親でアハジヤ亡き後に王位を継いだのがアタリーだ

シャルル=アントワーヌ・コワペルのアタリー

ユダヤ教徒からすれば異教徒=悪だったので
預言者エリシャはラモテ・ギレアデのエヒウなる者に
イスラエルの王ヨラムとユダの王アハジヤを撃ち
その一族アハブ王家を滅亡させて替わって王となるようけしかけた

最初に断っておくが
預言者というのは決して未来を「予言」してるのではなく
現在、どうすべきか仕向けるために
未来にこうなるためにこうすべきと忠告する「預言」だ

エヒウはその忠告のままにヨラムとアハジヤを殺し
ヨラムの母親のイゼベルを惨殺(※)
宦官に命じて投げ落として馬に踏ませた((((; ゜Д゜))) ガクガクブルブル

ところがイゼベルは王の娘であったため
その遺骸を葬るよう指示するが
頭蓋骨と手足しか見つからなかったと報告を受けた途端
エヒウは「だろ?犬に食われる預言あったし」って・・・ヾ(・_・;)ぉぃぉぃ

アハブ王家へのエヒウの残虐行為は続き
王の子ら70人の首を籠に詰めて持ってこさせるわ
一族の42人が身を隠してるのを見つけて皆殺しにするわ
自身もバアル信仰をすると嘘を流布して
信者を神殿に集めて皆殺しにして神殿も破壊するわ

その殺戮に至る理由が異教徒であるってだけなのは
現代日本人にとってはマジキチとしか思えぬが
当のエヒウにしてみると神の言を代弁する預言者によって
異教徒を一掃するコトで替わって王になる使命を受けたのだから
それを生真面目に全うしてるだけなのだヽ(゚∀。)ノ

そうして王となったエヒウは
イスラエルを統治してたが治世28年で没し
一方、息子アハジヤを失いながらも生き延びたアタリーは
バアルを信仰しながら6年間国を治めてたのだが
ユダヤ教の神官にクーデターを起こされて殺された

以上のあらすじから
ラシーヌの脚本はどんなだろうか想像もつかぬ(゚ぺ;)ぬぬ