「マルコの福音書」第6章

ヘロデの恐れとバプテスマのヨハネの死の事情

 イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にもはいった。
人々は、
「バプテスマのヨハネが死人の中からよみがえったのだ。
だから、あんな力が、彼のうちに働いているのだ。」
と言っていた。
別の人々は、
「彼はエリヤだ。」
と言い、さらに別の人々は、
「昔の預言者の中のひとりのような預言者だ。」
と、言っていた。
しかし、ヘロデはうわさを聞いて、
「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ。」
と、言っていた。
実は、このヘロデが、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、人をやってヨハネを捕え、
牢につないだのであった。
これは、ヨハネがヘロデに、
「あなたが兄弟の妻を自分のものとしていることは不法です。」
と言い張った、からである。
ところが、ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺したいと思いながら、果たせないでいた。
それはヘロデが、ヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えていたからである。
また、ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた。
ところが、良い機会が訪れた。
ヘロデがその誕生日に、重臣や、千人隊長や、ガリラヤのおもだった人などを招いて、祝宴を設けたとき、
ヘロデヤの娘がはいって来て、踊りを踊ったので、ヘロデも列席の人々も喜んだ。
そこで王は、この少女に、
「何でもほしい物を言いなさい。
与えよう。」
と、言った。
また、「おまえの望む物なら、私の国の半分でも、与えよう。」
と言って、誓った。
そこで少女は出て行って、「何を願いましょうか。」
とその母親に言った。
すると母親は、「バプテスマのヨハネの首。」
と言った。
そこで少女はすぐに、大急ぎで王の前に行き、こう言って頼んだ。
「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきとうございます。」
王は非常に心を痛めたが、自分の誓いもあり、列席の人々の手前もあって、少女の願いを退けることを好まなかった。
そこで王は、すぐに護衛兵をやって、ヨハネの首を持って来るように命令した。
護衛兵は行って、牢の中でヨハネの首をはね、その首を盆に載せて持って来て、少女に渡した。
少女は、それを母親に渡した。
ヨハネの弟子たちは、このことを聞いたので、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めたのであった。


カラヴァッジョの『洗礼者聖ヨハネの斬首』